zshio3721の日記

日本の動物園について勉強しています。アカデミックな価値は皆無です。

メナジェリーに行ってきました

タイトルが(略)。

フランス、パリはメナジェリーに足を運んできました。本当はパリ近郊にもう一つより近代的な動物園があるのですが、今回の目的はフランス観光だったためさすがにそっちに行くのは控えました。一回の海外旅行で二つ動物園に行ったらさすがに意味がわからんから。行きたかったけど。

創設そのものは18世紀終わりと、近代もしくは前近代的な動物園としてはウィーンのシェーンブルンに続いて古いわけですが、園内はもちろん長年に渡って改装されており、めちゃめちゃに新しいわけでもなければボロボロに古いわけでもないという不思議な印象を受けました。日本でもよくバブル期に建てられたリゾート地が中途半端に改装されて今も残っているというのを見かけますが、それに近いような感覚で、物持ちの良いヨーロッパではある意味珍しいのかもしれない。

園内の目玉はオランウータン含む霊長類舎のようです。ここは比較的新しい獣舎で、デザインなどから判断するに勘ですが1990年代ごろに建てられたものではないかと思います。屋内に入っていくタイプの展示で、中からガラス越しに動物を観察します。この建物内は大きな楕円形をなしており、ぐるりと回りながら様々な種類の霊長類を見てゆく形になります。中央には霊長類に関する主に子供向けの情報コーナーが設置され、全体的に図書館や博物館のようなアカデミックな雰囲気が漂う展示施設となっていました。建物の構造、見せ方としては多摩動物公園のチンパンジー舎、もしくは京都市動物園のゴリラ舎に近いと思います。もちろんどっちがどっちを模倣したのかはアレですけど。

まず僕が注目したのは屋内展示に入る際のエントランスにかけられた2m四方ほどのサインボードです。僕はフランス語はほとんど読めませんが、なけなしの知識を寄せ集めて判断するに、霊長類がもついくつかの特徴について分かりやすくかつ端的に紹介してたと思います。タイトルはずばり「霊長類とは何か」でしたし。こういう解説って日本の動物園には少ないと思うんです。個々の動物に関してサインボードを並べ立てて、細かい文字で辞典的に動物の食性なんかを紹介するにとどまっている気がします。もしくは動物がその動物園の”ファミリー”であることを強調して、「○月○日がなんとかちゃんの誕生日!」みたいな、はっきり言ってどうでもいい標識とかね。文句言ってるとかではなく。いや、これに関してはちょっとディスり入ってるわ。

サインに関していえばほかの動物についてもいちいち分かりやすく、かつ興味を引くようなものになっていたと思います。まずほとんどすべての動物について、美しい水彩画が看板に印刷され、動物の持つ特徴、自然下でどのような暮らしを営んでいるのかなどが端的に文章で表されていきます。それらはまさに僕たち来園者が動物に関して知りたいことであり、まだ字の読めない子供に親が標識を読んであげながらも自分も納得するという場面にも出くわしました。

もう一つ印象に残った展示は爬虫類舎でしょうか。こちらは他の獣舎と比較してかなり年季が入っており、基本的な構造は18世紀当時から変わっていないのではと思わされるほどでした。爬虫類用に気温湿度がともにかなり高く保たれていたので、空調などはそこまで古くはないのでしょうが。こちらも屋内の展示で、中に入ると自分をぐるりと取り囲む種々の爬虫類を観察することになります。それは当時西欧諸国の蒐集趣味の残り香を目の当たりにするようで、これぞまさにメナジェリー、と背筋がひやっとしたのが印象的でした。坂口安吾がエッセイか何かに、「日本人は何かに固執することのない文化を持っている」というようなことを書いていた覚えがありますが、その意味でまさに西欧と日本の文化の違いを見たような気がします。あそこまで熱心に自然を観察下・保護下に置こうとする姿勢は日本のどの動物園にも見られないと思います。

 

ということでせっかく行ったので取り急ぎ動物園のまとめをしました。これ以降は最近の興味関心について。

少し前から勁草書房の『生物学の哲学入門』、それから河出出版の『ゾウがすすり泣くとき』を個人的な関心で読んでいます。前者では「進化は偶然なのか」、後者では「動物に感情はあるか」(そもそも感情とは何なのか、分かりませんが)という関心が自分を支配しており、どちらにも共通するのは「動物と人間は何が違うのか(そもそも違いはあるのか)」といったことだと思います。去年・一昨年から研究まがいのことをやってきて、どうもこのあたりに自分の根本的な問題意識があるのではないかと疑っています。なんにせよ、これからも勉強を続けられたら幸いですね。

ということで今回はこのへんで。