zshio3721の日記

日本の動物園について勉強しています。アカデミックな価値は皆無です。

'Why Look at Animals?': A Close Reading ざっくり読み


予告(?)通り、Burtを読みました。こんな論考が出るくらいなんだから、Bergerの本が僕にはさっぱり分からないなんて当たり前なんですね、ちょっと安心したわ。

英語力不足+ざっくりとしか読んでないのでアレなんですけど、いくつか気づいた点があったので書いておきます。

まず人間と動物の関係について。Burtは、Bergerが言語で動物を捉えることとイメージで動物を捉えることを対比していると指摘します。すなわちBergerが言っている、「人間と動物が一体だったころ」は人間は言語によって動物を捉えていたけど、19世紀以降はイメージによって捉えるようになっていった、と。

はえーなるほど。完全に理解不足でした。だから散々、ホメロスとかを用いて譬え云々言ってたのか。でもさでもさ、Bergerがかなり最初の方に「最初の絵画の対象は動物であったろう。」って言ってたじゃないすか。あれって「イメージで動物を捉えてる」ってことにはならないわけ?

ならないんだろうなぁ。これはあんまりにも短絡的な指摘ですわ。おそらく、人間と動物が一体だったころ、人間と動物は対話をしていたわけです。人間が動物に語りかけ、動物もまた人間に語りかけるっていう。それはつまり、宗教の対象として動物を信仰したり、育てた家畜をと殺して食糧にしたりってことね。昔の人(少なくとも19世紀以前)が動物を絵に描いたってのは、この対話の一環だったんでしょう。狩りの対象として、信仰の対象として動物に語りかけ、その象徴として動物を絵画にしたためたのでしょうね。

これに対して19世紀以降は、同じ「動物を絵に描く」にしても、そこにもはや対話はないんですなぁ。


次に気づいたことは、19世紀以降人間は動物のことをまるで子供のように捉え始めたということ。例として挙げられるのがドナルドダック、つまりディズニーですね。なるほど、なんかの論文でDisnificationという概念で説明されてたのはこの話だったのね。そうならそうと早く言ってちょーだい。ここ、詳しく見ていかなくちゃ。

それからまた別の気づきですが、Randy Malamudという名前が出てきました。ん?どっかで見たな…と思っていたら、Reading Zoosという論文の中で動物園のことをこき下ろしている人でした。論文が“I don't like zoos.”という1文から始まるので印象が強烈だったの。その人がここでは、「イメージよりも文の方が動物について色々教えてくれる」みたいな主張をしてるみたいな感じで出てきたんだけど、そんなこと言ってたかなぁ。読み返さなくちゃ。


ということで、ざっくり読みましたこちらの論考。ある程度しっかり読んだものの感想を後日の記事にアップしたいと思います。

ではでは。